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山文京伝『月下香の檻1』(2017)

弊サークルのC96新刊エロマンガ評論本『〈エロマンガの読み方〉がわかる本2』は「NTR特集」と題して、寝取られに関するインタビュー・作品論を納めています。

今回は20年を超えるキャリアを通じて山文京伝名義で寝取られエロマンガを描いてきた山文京伝先生と有無らひ先生のインタビューから一部を先行公開します。

貞淑で真面目な人妻さんが、悪辣な間男の奸計にハマり、人生の道を大きく変えていく……。そんな寝取られの「王道」を行くのが山文京伝作品です。今回のインタビューでは、人の価値観が変わる様、「堕ち」を描く上での先生のこだわりをお聞きしました。


コメディとかもすごく好きなんです


――お二人が共同作業を始めるきっかけは。

山文京伝(以下、山文) 専門学校が同じだったことと、天王寺きつね先生のアシスタントに二人で入ったのが大きいです。その年開校した専門学校でしたがその二、三年後に無くなってしまったみたいです。大層な名前がついたところだったんですが……。

有無らひ(以下、有無) 入って半年ぐらいで辞めちゃったんですよね。授業が面白くなくて学校行かなくなっちゃって。一緒にアルバイトしながら「将来はマンガ家になろう」という話をしてたんです。

山文 同じようにマンガを描いている仲間が何人かいたんですが、学校を辞めたことでどんどん音信不通になっていって、結局二人になりました。

――学校に通っていた頃から天王寺きつね先生のアシスタントをしてらしたんですか?

山文 アシスタントを始めたのはマンガ家デビューした後なんです。学校に行っていた頃は、ネームやらマンガの設定なんかを描きためていたりしていました。学校を辞めて契約社員をしている頃、好きだった天王寺先生にファンレターを送ったことが転機だったんです。「なんか描いたものある?」って先生に言われて、『緋色の刻』(1993~1996)の原型にあたるものを見せたら、「こういうのは本にしなきゃダメだよ、うちで出すから本にしよう」ってすすめられて、その頃は週六日働いていたのでその合間を縫って二人で本を作りました。その後一緒にアシスタントの仕事を頂きました。

――初めからエロマンガ家になるつもりだったんですか。

山文 いえ、そういうわけではなくて描きためていたものはいろいろなものがあったのですが『緋色の刻』を描いたことで、天王寺先生から編集者の方を紹介して頂きそのまま商業を書かないかと言われてデビューしたんです。また長いマンガを描いたこと自体初めてでしたのでそこから手探りの状態でやって、今まで来たという感じです。

――お二人の作業分担は?

有無 二人で話しながら、ああいうものを描こう、こういうものを描こうとか、いろいろ作品のネタを考えますね。

山文 ネームや絵に起こすのはまず私がやりますが、彼の直しが入ります。コンテ段階で、コマ割り自体が変えられてしまうこともよくあります(笑)。セリフの修正もあります。

有無 もともと彼は学生時代アニメ部に所属していたんです。僕は結構マンガを読んでたんで、こういう見せ方のほうがいいよ、演出的にはこうした方が、という口出しをしてます。

山文 あと修正と、カラーは彼の担当です。

――ということは、この絵はどちら、というような分け方ではないんですか?

山文 そうですね。描いたら絵はあまり変わらないように思うんですけど。

有無 昔(学生時代)は仲間にそう言われてましたけど、今はまったく違ってます。僕自身他の作業に追われてキャラを描く時間が取れなくって……もうほとんどキャラ絵を描けなくなっています……。

山文 背景とかも任せています。

――当初は、主にコアマガジンとフランス書院の雑誌で作品を発表されていました。当時の作品は短編が中心で、コメディあり、サスペンスあり、純愛ありと非常にバラエティ豊かですよね。

山文 とにかくいろんなものをまず描いてみようと思ってたんです。当時は自由にやらせてもらえたんですよ。編集の方もこっちが何者かわかっていないので、とりあえず短編描いてみて、くらいの話しかされなかった。やりたいことはいろいろあったので、手当たり次第に自分たちの中にあるネタを出していました。そうすると反響が返ってきて、読者の方々や、編集さんが求めるものがだんだんわかってきました。僕はコメディとかもすごく好きなんですが、あまりウケはよくないんですよ(笑)。以前雑誌に「堕ちものじゃなくてガッカリした」なんてアンケートが来て、そういうのをどさっと見せられたりして。「あの話はウケがよかったから、似たような話をやってくれないか」と言われたこともありました。それで描くと、実際に反応がよかったり……。天王寺先生には君のコメディ好きだよって言って頂けたのですけど。

――同時期の短編集『窓のない部屋』(2000)に「あしたのあたし」という作品が入っていて、映画マニアのレンタルビデオ店員が延々と映画トークをするシーンがありますよね。先生方も映画がお好きなんですか?

山文 結構好きです。

有無 レンタルビデオ屋のアルバイトを二人でやってたんですよ。

山文 お客さんと映画の話をよくしていて……知識がないとおすすめとかできないんですよね。そのシーンは、自分たちの中の情報をそのまま出したものです。わかる人がわかってくれればいいなと思ったんですが、あんまり反響はなかったですね(笑)。

有無 アクションからホラーからなんでも観ましたね。

山文 洋画が好きですけど、邦画も結構観ます。『サマータイムマシン・ブルース』(2005)とか。

――『READINESS』(2008)のような催眠ものでは、幻と現実、あるいは時空間が離れたシーンをつなげて現実感を混乱させるような箇所がありますが、あれもある種の映画っぽいですよね。今敏さんの作品とか、『スローターハウス5』(1972)とか。

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混乱した卑猥なイメージはただの夢?それとも……。

有無 『イレイザーヘッド』(1977)とかね。

山文 面白いですよね。でも、やりたいことがあまり伝わらないんです(笑)。映画的なドラマ性は好きなので、作りの中に入れたいんですけどね。

――当時の作品は、エロシーン以外の部分でもドラマを作ろうとしているように見えます。

有無 ただ、エロシーンが少ないと……

山文 最低限何ページは入れてくれという編集さんもいらっしゃいました。『Sein』(1999)はサスペンス方面に振りすぎて、一回連載終了になり、その後編集さんにOKと言って頂けたので、やりたいように続けられましたが。


「二人だと気が散る」


――「寝取られ」をどう定義されますか?

山文 難しいですよね。いろいろな人にいろいろなこだわりがあって。単純には「愛し合っている領域の中にある人が、そこから逸脱して、別の人、できれば元の領域の人から見て認められない価値観の領域に属することになってしまう」ということですかね。確固たる価値観がある人間が、その価値観をじわじわと侵食されて、間違っているものに変わる。周りから見ても、こんなことを言う人じゃなかったのに、って。価値観の変化と、浮気とか不倫はちょっと違うんですよね。後者は本人の価値観で行うものなので、他者から強引に書き換えられる価値観とは違います。

――「寝取り」と「寝取られ」という言い方には視点の差が含意されているように思いますが、そのあたりはいかがお考えですか。

山文 見方によって「寝取り」作品になったり「寝取られ」作品になったりしますよね。読者の方の読み方で視点が違いますから。ヒロインの視点で読む人、間男を敵とみなして読んでいる人、間男側から見てる人、とか。そればっかりは感じるままに読んでもらうしかないな、と長く思ってます。どの視点でも読めるように、一人一人の心の整合性みたいなものは保っておこうと意識してますね。

――作品やシーンによって、ある視点で読むことを想定していたりはしないんですか?

山文 『山姫の実』シリーズだと、無印は息子、「過程」は母親、という設定はあります。モノローグが多いので、その視点になってるとは思うんですけども。ただ、『山丹花の彩 透子』(2012)で、「堕としブラザーズ」みたいなキャラを出したんですが、堕とし役が二人になると、セックスシーンで感情移入できない、という人が結構いたんです。「二人だと気が散る」と言われて、最初「どういうこと?」と思ったんですけど、「俺以外にもう一人いるのは気が散る」ということらしいんですよね。この作品はモノローグはヒロイン側なんですが、そういう読み方をする人も少なからずいるんだ、視点というのは読み手の人が好きに置くものなんだな、と気づかされた経験でした。

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スーパー堕としブラザーズ。

「寝取られ」としては、やはり寝取られる側の視点は重要だと思います。「焦燥感」、「どうしてこんな奴に」という感情が重要だと思っています。夫より息子を取り上げるのが好きなのは、旦那さんの場合は離婚してしまえば他人になることが可能なので、極端な話、新しいもっと素晴らしい女性を見つければ幸せになることができるんですよ。息子は何が起ころうと息子でしかありえない、縁を自分では切れないですから。新しい母親を作ることはできない。一生母親なので、傷としては一番きついですよね。

母寝取られは寝取られじゃないという人もいますが、自分としては、肉体関係ではなくて精神のつながりが重要なので、寝取られに含めてます。心の絆が断ち切られる、信頼が裏切られるのが寝取られであると思います。

――焦燥感や喪失感がいい、ってのは寝取られが苦手な人には伝わりづらいですよね。

山文 間男をやっつけてくれって人もいますね。旦那がもっと強くて、間男にマウント取ってコテンパンにして、奥さんが泣いて謝って、みたいな……。

有無 最近そういう感想も来ますね。

――そういうマンガはマンガでちょっと気持ち悪い気もしますね……(笑)。焦燥感を演出する方法論といったものはあるでしょうか。

山文 「おかしい」って思うことからですかね。違和感を少しずつ増幅されていくような。いきなり記号的に服装が変わっているとか、髪型が変わったとかいうより、言葉の端々にいつもだったら言わないことが出てくるとか、すごく過保護だった人が素っ気なくなったりとか、そういうのが僕はエロいと思います。大事なものだったはずなのに頓着がなくなっているというか。それに気づいて、焦っていく。

――『山姫の実 真砂絵 零・過程』(2004)のあとがきでは、直接堕ちる過程を見せず、想像させるのが大事、という話も出てきますね。

山文 どんなものでも読者の想像には勝てないと思っています。「とんでもないことになっているな」と想像している時、その人の頭の「とんでもないこと」は、その人独自の「とんでもないこと」なのでそれに勝るものはない。そのためには、必要最低限の情報を詰める、出しすぎないということになります。よくあるじゃないですか、お話が途中で途切れちゃって先が見れない時、「どうなるんだ?どうなるんだ?」と悶々としていて、あとで見たら、「ああ……」って拍子抜けすることが(笑)。自分も、子供時代とかにそういうガッカリを経験したので。

あと寝取られを描く時気をつけているところとしては、初めから色っぽい、エッチな感じのヒロインにはしないようにしてます。いやらしい身体つきをしている、色気があるというよりも、髪の毛は家事に邪魔だからまとめていたり、という人ですかね。下手をすると、「くたびれている」と形容されるくらいがいいかもしれない。別に生活に不満があるわけではなくて、幸せで円満なほうがいいです。女性としてよりも、母親だったり、妻として、家庭の生活という今のカテゴリーに不満はない。そういう人が肉欲とか、粗暴だったり、倫理的におかしい人、なんだこいつっていう人間に心奪われて、そっちの人に好ましいように、服装とかも含めて変わっていくのが好きなんです。初めからエッチだと、違いがないのでちょっと成り立たないかなと。ただあまり地味すぎるとキャラ受けがよくないかなと、難しいですね。『蒼月の季節』は最初とにかく地味にしようと思ったんですが、あんまりモブキャラっぽいのもまずいかなと思って顔が変わっていって、終わった頃に編集さんに「初期の顔のほうが好きでした」なんて言われたりもしまして(笑)。

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『草月の季節』第1話より。

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『草月の季節』最終話より。

――今まで書いてきた中で一番うまくいった、ないし思い入れのある「寝取られ」ものはなんですか。

山文 難しいですね。『沙雪の里』は、その時やりたかったことは出し切れて、最後までやれたのでよかったかなと思いました。他の作品はいろいろと悩んだりすることもあったので。

有無 「寝取られ」じゃないかもしれませんが、一番最初に『七彩のラミュロス』やろうと思った時の思い出が残ってます。本当は第1巻で終わりだったんですよ。ただ周囲の評判もいいということで、好きにやっていいとなったんです。あれもしたいこれもしたいで力を入れすぎて結果単行本を出すのも遅れてしまって。ちょっと長くなりすぎましたね(笑)。やりたいことが増えすぎちゃったんですよね。

――『山姫の実』改訂版(2003)のあとがきに山文先生が、「H系における寝取られの時代は近いうちにやって来る」と書いてらっしゃいますよね。今になって振り返るとまさしく山文先生の予言通り寝取られの時代が来たと言って過言ではないと思いますが、当時から「寝取られ」はジャンルとして成立していたんでしょうか?

山文 僕が『山姫の実』を書いた頃にはまだ、「寝取られ」という表記自体が、エロマンガ業界ではあまり見られなかったです。『伝説巨神イデオン』(1980~1982)とかで、「娘を寝取られた!」みたいなセリフはありましたけどね(笑)。「寝取られマンガ」というものを読んだことがなかったです。自分の奥さんが寝取られた経験を赤裸々に書いている人がいて、フィクションだったのか事実だったのかわからないですが、そういった寝取られ手記みたいなものはよく読んでました。雑誌もありましたけど、主にネットです。その頃は、「お前が情けないだけだろう」みたいにみんな書いた方を罵倒してましたね。悲しいから書いただけなのに、なぜこんな風に言われないといけないのか(笑)、と思ってました。今みたいに、「寝取られ好きな人が、寝取られ体験談を楽しむ」という風潮もなかった。そういったものを読んで、これをマンガでやったら面白いな、自分だったらこうするなという風に思ってましたね。浮気マンガはありましたし、広義では寝取られなんだろうなというマンガはありましたけど、寝取られとして書いている人は私は知らなかったです。ただ私には刺さるものがあって、自分がこれだけ面白いと思うんだから、他の作家さんが面白いと思わないわけないと思って。先に唾つけとこうとして、『山姫の実』で宣言してみました(笑)。

ジャンルとして定着したんだなと思ったのは、「NTR」という表記ができた時ですね。正確にいつ頃かはちょっと覚えてないです。寝取られものがいろいろ書かれるようになって、作家さんが寝取られ寝取られって言うようになって、ネットの中で寝取られについて語られるようになって、とうとう横文字まで出てきたよ、という。

――先生の作品に出てくるヒロインですが、理想の体現者のような人が多いですよね。

山文 それはやっぱり、歪められることを前提としているので、清廉潔白な人のほうがいいです。曲がったことのできない人が曲がったほうに行くのが、ショックがでかいなぁと。初めから振り幅がある人だったら、単に揺れただけで、すぐ戻れるので。臨機応変な人間ほど、そういうことができますから。

――主人公のキャラクター設定で重視していることはありますか?

山文 品行方正、曲がったことが嫌いな人。母寝取られの場合、しっかりした人に育てられたなら、価値観を踏襲しないといけない。「あなたから教わったものを正しさの基準にしてきたのに、あなたがなぜその基準から逸脱するのか」ということですね。夫婦も同じで、周りから見ると可愛らしい夫婦、間違ったことはしない、社会的にも信用があったりするのに、一方が犯罪者とかに惹かれてしまう。昔のドラマだと、自分の妻が強盗の手伝いをしていて、いつのまにか彼といい仲になってたとかあったんですよ。いつのまにか自分の妻が知らないものになっている、みたいな。あと、自分の力で事態を解決されてしまうと成り立ちませんから、主人公には状況を変えるほどの力は持たせられないですね。


サンプルはここまで! この先は『〈エロマンガの読み方〉がわかる本2』でどうぞ!

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