新野安と夜話のブログ

新野安がマンガやエロマンガについて文章を書いたりするブログ。Webラジオ「エロマンガ夜話」「OVA夜話」の過去ログ紹介も。

毎週金曜日のエロマンガ時評企画。今回はサークル・むうんるうらあ(月野定規)のオリジナル同人作品、『人妻ナンパ!生ハメ!!リゾートアイランド』を扱う。前回のおたらい零『女教師5人と僕1人』も裏テーマが月野定規だったので、一緒に読んでもらえると良いと思う。tsukino

コロナ禍でのエロマンガの変化

さて、せっかくの時評企画なのでちょっと時代なぞ斬っていきたい。本作を読んで私は、コロナ禍によるエロマンガ業界の変化について改めて考えさせられた。というのも今回月野定規は、紙版の頒布予定は未定のままで(出すつもりではあるとのこと)、電子版だけを先に発売しているのだ。

月野定規は今まで、夏冬コミケに合わせて本を作成し、少し後に電子化するサイクルで作品を発表してきた。今回は最初から電子本として作成され、それを後から紙にしている。サークル初のフルカラー本になっているのも、電子であれば印刷費用を度外視できるからだろう。もちろん、電子中心のサークルはもう珍しくない。とはいえ月野定規ほどのベテラン作家までそこに向かうことに、時代の変化を感じずにはいられない。

この変化にはコロナ禍が大きく作用している(と思う)。だいぶ前から電子化の波は押し寄せてはいた。FANZAやDLsiteの隆盛、EntyやFantiaといったパトロンサイトの登場で、コストをかけずに作品を世に問える場は広がっていた。そこに来てコロナ禍で、リアルイベントがほとんど開催できなくなり、紙で同人誌を出すリスクは一気に上がった

作る立場になるとわかることだが、リアルイベントで一気に入ってくる売り上げが絶たれるのはかなり厳しい。時に数十万円にもなる印刷費を補填できる当てがなくなり、マイナスをしばらく抱える必要が出てくる。現在委託で本を出しているのは中小サークルが中心であり、壁やシャッターで数千部単位の売り上げを叩き出していただろう超大手サークルが沈黙しているのも、おそらく印刷費の規模がデカすぎてイベントなしでは立ち行かないからなのではないかと想像する。そこで、印刷費ゼロのデジタル同人への移行が進むというわけだ(コロナ禍における同人誌の動向について詳しくは、マンガ論争最新号『2020年のマンガ』での国里コクリの記事を参照)。

さらに少し妄想すると、この同人誌の内容も電子(特にFANZA)に最適化されたものではないかと思える。まず長く説明的なタイトル本人もTwitterで言及しているように、もともと月野定規の作品は『やさしい叔母のしつけかた』『♭37°C』など、短くシンプルなタイトルが付けられていた。それが3作前の『夫の寝てる間に蕩かされて堕ちた人妻』や前作『宅配便の誤配達で隣家のママさんが注文したバイブがウチに届いたのでソレを手土産に凸ってみた☆』、そして今作と、説明的方向に変化している。これは、検索結果で他の作品とリストに並んだとき、一目で内容がわかるようにという意図ではなかろうか(たけのこ星人『カクセイ彼女』(2013)の電子版が『エッチなカノジョ☆どきどき!』になったり、電子版タイトル即物的になりがち問題は伝統的にある)。

また、ビーチに行った複数人の人妻がチャラ男にナンパされてハメられるというあらすじも、FANZAで流行するオリジナルNTR作品の一つのパターン。例えばブッパスタジオ『人妻ナンパNTR温泉』がこのジャンルに該当する(ちなみにこの定型の流行元は、Autobahn『やりもくナンパビーチ』やMTSP『橘さん家の男性事情』あたりの古典だろう。)。男たちに顔がないのもいかにも最近のチャラ間男らしい。

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橘さん家ノ男性事情 まとめ


月野定規と電子の相性

私は月野定規の大ファンなので、どんな形式だろうが新作が読めること自体がうれしい。電子が中心になることでこれまでと違うファン層が開拓されるならますますうれしい。ただ、今回の作品を読んでいて、もしかすると電子に合わせたことで月野定規の良さが殺されてるかも、と思う部分があった。

一つはモザイクの大きさだ。前回の記事で説明したように、月野定規の大きな魅力は、作品中でしか成り立たない「月野生理学」の法則を使って、相手の体を自由自在に操る性技マウンティングにある。そしてクライマックスには、相手の体を操りきった証として、ヒロインの子宮口がだらしなく開かれ、亀頭にちゅうちゅうと浅ましく吸いつく様子が断面図で描かれる。今回もそのシーンはあり、大変エロい。ただFANZAの修正基準に合わせた結果か、男性器のシルエットをまるっと隠すようにモザイクがかけられており、子宮口とちんこの接合部が見えないのだ。そこに生じているだろう感触・快感を想像しづらくなってしまい、大変もどかしい。

なお一般的に言って、電子書籍は紙よりも規制がキツい。モザイクはもちろん、「催眠」「ガキ」等のキーワードが作品説明に使えないとか、いろいろ困ったところがある。なによりもストリーミング電子書籍の場合、突然作品が読めなくなったり修正されたりするリスクがある(個人的にロリマンガは必ず紙で買うことにしている)。決済会社からの介入による規制強化も発生しうる。そういう意味で月野定規に限らず、エロマンガと電子書籍は相性が悪いんじゃないかなという危惧はある。

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もう一つ、顔のない間男なのだが、これも月野定規作品とは相性が悪いように思う。月野定規作品では、実況中継的に性技理論を竿役が解説し(あるいは操られているヒロインが敗北を自覚しつつ解説し)、竿役の性的な強さを証拠立てることでエロさを生む。つまり竿役の圧倒感こそキモにある。ところが間男達に顔がないことで、いまいち個としての印象が薄く、この男にヒロインがマウンティングされた、という感じも弱いのだ。これまでの月野定規作品においては竿役には大体顔があった。それには理由があったのではないか。

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だらだらとした射精の快感

と、些細な点に文句を付けはしたけれども、基本的には月野定規らしいエロさをフルカラーで十分に堪能できる作品で、なんの心配もなくお勧めできる。「月野定規らしいエロさ」について、月野生理学を既に説明した。最後に射精シーンのだらっとしたリズムについて言及して、レビューを終えよう。

通常エロマンガの射精シーンは、いわゆる「圧縮と解放」のリズムを使って描かれる。射精するしばらく前から中ゴマでためをつくり、直前に小ゴマを置く。コマを圧縮し、精神的テンションを高めていく。そしてページめくりをはさんで、ページの大半を占める大ゴマ。ここでびゅるびゅるーっと精液が発射される。めくりによってタメが強められた上で、コマが一気に大きくなって解放感が生まれ、射精の快感を強調する。

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(以上2ページ、たけのこ星人『カクセイ彼女』より。途中にめくりが挟まる。)

ただ、月野定規マンガの射精シーンはちょっと違うリズムを使っている。例えば、それほどコマの大きさに変化がないまま射精シーンが入り、その後もだらだらと似た大きさのコマが続いていく。あるいは、圧縮と解放を使ったとしても、射精シーンはむしろ中〜小ゴマとして置いて、射精されたあとのヒロインを大ゴマに回す。

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(射精に大ゴマを使わない例)

なぜこのようなコマ割りを取るのか。今作でまさしくそのようなコマ割りが登場するシーン、コマの大きさが変化しないまま口に射精を受けるところ。ここで発せられる、次のセリフに大きなヒントがある。

「腰回りに甘いアクメをまといながら…口ではさっき知り合ったばかりの男の精液を味わってーー」

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甘いアクメを「まとう」、精液を「味わう」、という表現に注目して欲しい。月野定規が描きたいのは、アクメに「達する」とか、精液を子宮に「打ち付けられる」といった、瞬間に頂上に達するような快感ではない(精液を現実に打ち付けられても気持ち良くないというツッコミはいったん飲み込んでください)。じんじんした快感が続くとか、子宮に溜まっていく精液の味を覚えさせられるとか。そういった、じっくりと快感によって体が作り替えられていく過程なのだ

だから大事なのは射精よりも射精の余韻だし、その時間をできるだけだらだらと引きのばすことが正義となる。射精シーンにおいて、メリハリのないコマ割りを選んだり、射精後の快感に浸るヒロインが大ゴマになったりといったことが起こるのである。今作は特に月野定規的コマ割りがわかりやすいので、注目して読んでもらえるとより楽しめるはずだ。

毎週金曜日更新のエロマンガ時評企画。取材とか原稿で忙しくてこの前まで2週連続で休んじゃいました。てへ。今回はおたらい零『女教師5人と僕1人』を取り上げる。

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「おたらい零」はAV化もされた人気作『相姦のレプリカ』を手掛けた「御手洗佑樹」が、ティーアイネットで活動を始めた際に新しく採用したペンネームだ。この名義では今作が2作目にあたる。

あらすじを説明しよう。巨大企業体天堂グループを父から受け継ぐべく英才教育を受けている少年・天堂光一郎が主人公。彼は成績トップクラスにもかかわらず、「帝愛学園」(ティーアイネットのもじり)なる学校での補修合宿に行くことを父から命じられる。そこで待っていたのは、将来この国を支配するにふさわしい男として、童貞の彼を性的に鍛える熟女女教師たちだった。所詮子供だと天堂を舐め切っていた彼女たちは、彼の意外な成長と対応力の高さに次々と堕とされ生中出しを許していく。そしてついに、絶対不感症の学園長との一騎討ちが始まる……

さて、多分エロマンガ好きがこの本を読んだら確実にピンとくると思うのだが、おそらく本作は月野定規の作品を下敷きにしている。セックスと縁遠かった主人公が、エッチでマゾい女たちにご主人様として鍛えられ、最後にラスボスである女教師(子宮姦が弱点)との決戦に挑む……という流れは、名作『星の王子サマ』に近い(ちなみに同作は、これまたエロマンガ史に残る作品、山本直樹の『BLUE』が多分元ネタである)。相手が全部女教師であることから、『アフタースクール』もちょっと入っていると言えるかも。

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蕩かされて疲れ果てた人妻が気怠そうに「扉が開いた状態で…中出しされたら…ダンナとSEXできなくなっちゃうだろーが…」と呟く、こういうセリフのセンスも月野定規っぽい。

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(下は『星の王子サマ』)

月野生理学と、「鍵」をめぐる攻防

ストーリーの構図や、ちょっとしたセリフに止まらない。月野定規作品最大のトレードマークである、「月野生理学」もまた本作に継承されている。

「月野生理学」というのは私の造語で、月野定規作品世界にのみ通用するセックスに関する生理学的な法則のことを指す。月野定規のマンガでは、セックスはしばしば性技によるマウンティングの取り合いの様相を呈する。性技といっても、腰の動きがすごいとか、責めがねっとりしてるとか、そういう話ではない。相手の体をどういう順番で、どう責めれば、子宮を無防備にし、精液の味を覚えさせられるか……。相手の体を支配する生理学的な法則を理解し、その理解によって相手の身体を思うままに操作する。ヒロインの体はどこまでも自然法則の奴隷であり、同時に自然法則を利用する主人公の奴隷であって、ヒロインのものではない。それが月野定規のエロを支える世界観だ。

例えば『残念王子と毒舌メイド』では、主人公が子宮口を堅く閉じて守ろうとする生意気なメイドに対して、「解錠作業」を施す。アナルから子宮を突き、同時にクリトリスを責める。イッて無防備になったところで、腸壁を挟んだちょうど裏側から子宮に精液を浴びせかければ、彼女の子宮口はついに開いている。あとはそこを突き、精液を卵子に送り届けるだけ……。重要なのは、この手順を踏めば相手の体を堕とせるという理屈を、実況中継のように主人公が解説していくところだ。これによって、相手の体を司る法則を主人公が完全に理解し、思うままに操作しているということが強調されている。

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『女教師5人と僕1人』も、手順を踏んでヒロインの体を開かせていく過程を、背後にある理屈と共にじっくり描いている点で月野作品と共通する。その上で本作ならではのポイントは、身体の支配をめぐる駆け引きを、「鍵」の解明という仕方で整理したことだろう。本作においては、人は皆、自分の体を開かせてしまう「鍵」を持つ、という理論(おたらい生理学?)が、女教師から天堂に教えられる。だからセックスバトルは、相手の「鍵」を突き止め、そこを的確に責めていく過程となる。月野作品に比べると、焦点が明確で話がわかりやすいこと、そして「鍵」を見つけるまでの、試行錯誤と探索の過程も大きな見所になっていることが違いと言える。

例えば体育教師の柴田みゆきとのセックスでは、主人公がいろんな体位を試し、なんとなしに尻穴を責めたところで「鍵」が見つかる。「おしっこ!?すごい汗!!それに筋肉のこわばりと声が変わった!!……これって!!」「膣内から愛液が噴き出して!!肉がグニャグニャにとろけてる!!」「正解だ!!直腸の肉を下に押し潰す!!肛門に入れてる指でチ○ポの動きがわかる!!」バトルマンガみたいな実況は月野定規っぽいのだけれども、既に知識を持っている側の一方的マウンティングではなく、成長途上の主人公が相手の女性を初めて理解した快感・征服感が表現されている点は本作独自の魅力と言えるだろう。

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もちろん、画風の面でもおたらいの方がより劇画的なので、ファンタジックな性技の応酬をよりリアルな絵で見られるという楽しさもある。そこも含めて、月野定規的なエロが継承され、また別の仕方で進化していく可能性を感じさせてくれる一作だ。月野ファン・おたらいファン、熟女好き・女教師好き、性技バトルもの好きは必読。

毎週金曜日更新のエロマンガ時評企画。今回は宮部キウイ『フェラチオの天使』を取り上げる。学生ヒロインたちとの楽しいエッチを描く作品を集めた短編集である。

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とにかく見事なタイトルだと思う。端的ながら単行本の魅力を余すことなく伝えている。本作の魅力は何よりも、力の入ったフェラチオの描写にある。

例えば「#裏舐め女子」という短編なんかは、「フェラチオ自慢の女の子のお口を10分間我慢できるか!?」という以外にほぼストーリーが存在しない。「ソリッドシチュエーションエロマンガ」とでも言うべきか、「ヒロインのフェラチオがいかに卓越しているか」の一点に全振りしたような内容で、フェラ表現への並々ならぬ自信が伺える。

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「舌技」への注目

さて何を隠そう、私はフェラチオマンガやフェラチオAVを愛好するものである。AVに比べるとかなりは少ないが、実はフェラチオを目玉にしたエロマンガというのは既にいくつかある。中でもFue『フェラピュア』や13.『私立律心学園』は金字塔と言っていいだろう。

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こうした先行作品と比べて、本作の新しさがどこにあるか。ズバリ、「舌技」である。『フェラピュア』や『私立律心学園』の描写は、どちらかというと喉のいかに奥まで男根を受け入れるか、いかに激しく苦しいピストンに耐えるか……という点に重点があった。いわば、イラマチオ・ディープスロート寄りの描写だ。一方で『フェラチオの神様』では、むしろいかに舌を多彩に使ってチンコを撫で回すか、という点に重点がある。奉仕ではなく技。喉より舌にフェラチオの本質を見ているのだ。

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↑『フェラピュア』より


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↑『フェラチオの天使』より

別の視点から、面ではなく点の刺激という言い方もできる。いきなり全開で快感を与えるのではなく、オーラルセックス全体をコース料理のように構築し、少しずつ男を高めていく。焦らしが大きなポイントになっている。

この「舌技」を堪能させるために採用されているのが、ほぼ同じカメラポジション・同じサイズのコマを続け、コマとコマの間の時間も短めに多数のコマを割っていく、独特の画面構成である。映画的に言うと長回しにあたる。このショット構成によって、カメラポジションの変更などに惑わされることなく、ヒロインがちろちろと舌を動かす様を詳細かつじっくりと見ることができるのである。ちなみにAVのフェラチオはこういう撮り方になることが多い印象がある。影響があったりするかもしれない。

先に述べたようにフェラチオ特化のエロマンガというのは数少ない。フェラチオ好きの人、特に女性側が男性を責めるニュアンスのフェラチオが好きな人は是非手に入れて読んでみて欲しい。

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